Prof. Dr. Larry AdamsAcademic, Author & Researcher

ひきこもり――あなたは孤立そのものではない

Hikikomori: You Are Not Your Isolation

A Compassionate Guide for Young Adults and Their Families

Series II — Young People, Hikikomori and Modern Japanese Life

Dedication

この本を、部屋の中で静かに苦しんでいるすべての人へ。

そして、何をすればよいのか分からないまま、愛する人のそばで心配し、祈り、待ち続けている家族へ。

あなたの人生は、今の状態だけで定義されるものではありません。

あなたは「ひきこもり」そのものではありません。

あなたには名前があります。
あなたには物語があります。
あなたには尊厳があります。
そして、あなたの人生には、まだ書かれていないページがあります。

何よりも――

あなたは忘れられていません。

Introduction

「ひきこもり」という言葉の向こう側にいる人

「ひきこもり」という言葉を聞くと、多くの人は一つのイメージを思い浮かべます。

長期間、学校にも仕事にも行かず、家から出ない若者。

しかし、実際の人間は、そんなに単純ではありません。

厚生労働省は、ひきこもりについて、背景や状態が一人ひとり異なり、「これが唯一の正しい支援」というものではないと説明しています。学校や職場との不適合、心身の不調、エネルギーの低下、生きづらさなど、さまざまな背景があり得ます。また、ほとんど外出しない人から、趣味などのためには外出する人まで、その状態は多様です(厚生労働省, 2026)。

したがって、この本では「ひきこもり」という言葉を、人間そのものを表すラベルとして使いません。

「ひきこもりの人」ではなく、

「今、ひきこもりという状態を経験している一人の人」

と考えます。

この違いは小さく見えるかもしれません。

しかし、とても重要です。

なぜなら、

状態と人格は同じではないからです。

仕事をしていないことは、あなた自身ではありません。

学校に行っていないことも、あなた自身ではありません。

人と会っていないことも、あなた自身ではありません。

部屋から出られない期間が長くなっていることも、あなた自身ではありません。

失敗も、拒絶も、挫折も、沈黙も、あなたの人生の一部ではあっても、あなたの全体ではないのです。

そして家族についても同じです。

「ひきこもりの親」ではありません。

あなたは、心配し、悩み、間違いながらも愛する人を守ろうとしている一人の人間です。

この本の中心にある言葉は、とてもシンプルです。

あなたは孤立そのものではない。

そして、この本がキリスト教の視点から最後に伝えたい言葉も、シンプルです。

あなたは神に忘れられていない。

Part I

あなたは「ひきこもり」そのものではない

Chapter 1

ラベルの向こうにいるあなた

人間は、名前をつけることで物事を理解しようとします。

しかし、名前をつけることと、その人を理解することは同じではありません。

「ひきこもり」という言葉は、社会的な状態を説明するためには役立つことがあります。

しかし、その言葉を本人の人格そのものにしてしまうと、危険があります。

「私はひきこもりだ」

という言葉が、

「私は何の価値もない」

「私は普通ではない」

「私はもう社会に戻れない」

「私は家族に迷惑をかけているだけだ」

という意味に変わってしまうからです。

けれど、それは事実ではありません。

あなたの現在の状態と、あなたの人間としての価値を分けて考えてください。

あなたは状態ではありません。

Chapter 2

孤立とアイデンティティは違う

社会から距離を置いていると、次第に「自分」というものが小さくなっていくことがあります。

以前は、

学生だった。

会社員だった。

友人だった。

息子だった。

娘だった。

夢を持っていた。

何かを目指していた。

しかし、学校や仕事や人間関係が失われると、「自分には何が残っているのだろう」と感じることがあります。

ここで大切なのは、

役割が失われても、人間としての価値は失われない

ということです。

人間の価値を、給与、学歴、職業、結婚、社会的地位、フォロワー数、成績などだけで測るなら、多くの人が人生のどこかで「自分には価値がない」と感じてしまうでしょう。

しかし、人間の尊厳は、生産性より深いところにあります。

Chapter 3

「何もしていない自分」が怖くなる

朝起きても予定がない。

連絡を取る相手もいない。

外に出る理由もない。

時間だけが過ぎていく。

そんな日が続くと、「自分は何もしていない」という感覚が強くなります。

そして、「何もしていない」から「何もできない」へ、さらに「何の価値もない」へと考えが進んでしまうことがあります。

しかし、これは同じことではありません。

何もしていない時間があることと、何もできない人間であることは違います。

人生には停滞する季節があります。

冬の木は、夏のように葉をつけません。

しかし、冬だから木が死んでいるとは限りません。

Chapter 4

比較が心を傷つける

SNSを見ると、同年代の人たちが楽しそうに見えます。

大学を卒業する。

就職する。

結婚する。

旅行する。

昇進する。

家を買う。

友人と食事する。

新しい人生を始める。

その一方で、自分は部屋にいる。

すると、

「みんなは前に進んでいるのに、自分だけ止まっている」

と感じるかもしれません。

しかしSNSは、人間の人生全体ではありません。

他人の公開された瞬間と、自分の最も苦しい時間を比較してはいけません。

比較は、現実を正確に映す鏡ではありません。

Chapter 5

「普通」に戻らなければならないのか

「普通に戻る」という表現が、本人をさらに苦しめる場合があります。

普通とは何でしょうか。

学校に行くこと。

会社で働くこと。

結婚すること。

家を出ること。

友人が多いこと。

これらは人生の一つの形です。

しかし、それだけが人間の価値を決める基準ではありません。

回復や再接続を考えるときにも、

「社会が決めた普通に戻す」

ことだけを目標にするのではなく、

「その人が安全に、人との関係と自分自身との関係を少しずつ取り戻す」

ことを考える必要があります。

厚生労働省も、支援において「安心できる居場所」と「ゆるやかな出番」をつくることを重視しています(厚生労働省, 2026)。

Part II

若者の心の中で何が起きているのか

Chapter 6

失敗は人格ではない

試験に落ちた。

就職活動に失敗した。

会社を辞めた。

人間関係が壊れた。

学校に行けなくなった。

恋愛に失敗した。

夢がかなわなかった。

こうした経験は痛いものです。

しかし、

「私は失敗した」

と

「私は失敗そのものだ」

は違います。

前者は経験です。

後者は自己否定です。

経験は変えることができます。

Chapter 7

恥は人を隠す

恥は、人間を人から遠ざける力を持っています。

「こんな自分を見られたくない。」

「何をしているのか聞かれたくない。」

「久しぶりに会ったら、仕事はどうしたのか聞かれる。」

「昔の友人に会ったら、今の自分を説明できない。」

だから、人を避ける。

連絡を返さない。

カーテンを閉める。

部屋に戻る。

そして孤立が深くなる。

この循環を理解することは重要です。

本人が人を嫌っているとは限りません。

人に会うことに伴う痛みや恥を避けている場合があるのです。

Chapter 8

自尊心が小さくなる

社会との接点が減ると、「自分には何もできない」という感覚が強くなることがあります。

しかし、自尊心は命令によって回復するものではありません。

「自信を持ちなさい」

と言われても、自信はすぐには戻りません。

むしろ、小さな経験が積み重なることが大切です。

起きる。

食事をする。

シャワーを浴びる。

窓を開ける。

メールを一通返す。

短い会話をする。

家の外に数分出る。

相談窓口を調べる。

こうした小さな行動も、その人の人生における意味ある変化になり得ます。

Chapter 9

時間が止まったように感じる

ひきこもり状態が長くなると、時間の感覚が変わることがあります。

昨日と今日が似ている。

月曜日と日曜日の違いが分からない。

季節が変わっていることに気づく。

同年代の人が何年も先に進んでいるように感じる。

しかし、

時間が止まったように感じることと、人生が終わったことは違います。

人生には再開できる部分があります。

Chapter 10

インターネットというもう一つの世界

インターネットは孤立を深める場合もあります。

しかし同時に、外の世界との接点になることもあります。

ゲームの仲間。

オンラインコミュニティ。

学習サイト。

動画。

音楽。

仕事の情報。

相談情報。

匿名で話せる場所。

したがって、単純に「インターネットをやめなさい」と言うだけでは十分ではありません。

重要なのは、

デジタル空間が、現実の人生を完全に置き換えてしまっていないか

を考えることです。

オンラインの関係が、孤立から人間関係への橋になることもあります。

Part III

家族――愛しているからこそ難しい

Chapter 11

家族も傷ついている

ひきこもり状態を経験するのは本人だけではありません。

家族も苦しみます。

親は、

「何が悪かったのだろう」

と考えます。

「自分の育て方が間違っていたのだろうか」

と自分を責めることもあります。

「このままで将来はどうなるのか」

と不安になります。

兄弟姉妹も複雑な感情を抱くことがあります。

家族全体が疲れてしまうこともあります。

したがって、この問題を「本人を直す問題」とだけ考えるのではなく、

家族全体を支える問題

として見る必要があります。

研究でも、ひきこもりが本人だけでなく家族の健康や生活機能にも影響し得ることが報告されています(Nonaka et al., 2025)。

Chapter 12

親の焦り

親にとって時間は恐ろしいものです。

「もう20歳だ。」

「もう25歳だ。」

「もう30歳になる。」

「このままでは将来がない。」

しかし焦りが強くなるほど、言葉が強くなることがあります。

「いつまでこうしているの?」

「働きなさい。」

「みんな頑張っている。」

「恥ずかしくないの?」

「将来どうするの?」

親にとっては励ましのつもりでも、本人には攻撃のように聞こえることがあります。

Chapter 13

「いつまで?」より「今日はどうだった?」

質問を変えるだけで、関係が変わることがあります。

「いつになったら出てくるの?」

ではなく、

「今日は眠れた?」

「何か食べたいものはある?」

「話したくなったら聞くよ。」

「今は話したくなくても大丈夫。」

こうした言葉は、問題を無視することではありません。

安全な関係をつくることです。

Chapter 14

家族は敵ではない

本人から見ると、家族が「圧力の源」に感じられることがあります。

一方、家族から見ると、本人の沈黙が「拒絶」に感じられることがあります。

こうして双方が傷つきます。

しかし、

本人は「分かってほしい」と思っている。

家族も「助けたい」と思っている。

その両方が同時に存在することがあります。

だからこそ、家族を敵と決めつける必要も、本人を敵と決めつける必要もありません。

Chapter 15

兄弟姉妹の痛み

兄弟姉妹には、別の苦しみがあります。

「自分だけ普通に生きるのは悪いことなのか。」

「家族の問題を誰にも話せない。」

「親の関心がすべて兄弟に向いている。」

「自分にも人生があるのに。」

こうした感情を持つことは、冷たいことではありません。

家族の一人を愛することと、自分自身の人生を生きることは両立できます。

Chapter 16

家族ができること

家族ができることは、「本人を変えること」ではありません。

できることは、

安全をつくること。

批判を減らすこと。

会話の扉を開いておくこと。

必要な支援を探すこと。

本人の小さな変化を認めること。

自分自身も支援を受けること。

そして、

関係を完全に切らないこと

です。

Part IV

支援――一人で戦わなくてよい

Chapter 17

日本にも支援がある

ひきこもりは個人や家庭だけで抱える問題ではありません。

日本では、厚生労働省が自治体と連携し、相談窓口、居場所づくり、家族支援、当事者・経験者による支援などの体制を整備しています。厚生労働省は、地域のひきこもり支援のためのセンターや支援ステーションなどを整備し、本人や家族を適切な支援につなぐ取り組みを進めています(厚生労働省, 2026)。

また、2025年には「ひきこもりVOICE STATION」が展開され、当事者、家族、支援者の声や相談情報などを提供しています(厚生労働省, 2025)。

つまり、

助けを求める場所は存在します。

Chapter 18

相談することは敗北ではない

「人に相談したら負けだ」

と感じる人がいます。

しかし、それは違います。

病気になったら医師に相談します。

法律問題なら弁護士に相談します。

仕事の問題なら専門家に相談します。

心の問題なら心理職や医療専門職に相談することがあります。

社会生活の問題なら福祉専門職に相談できます。

助けを求めることは、自分の人生を諦めることではありません。

Chapter 19

専門家に助けてもらう

ひきこもり状態には多様な背景があります。

そのため、必要な支援も一人ひとり違います。

心理的支援が必要な場合。

医療的評価が必要な場合。

学校や職場との調整が必要な場合。

経済的支援が必要な場合。

家族への支援が必要な場合。

居場所が必要な場合。

一つだけでなく複数の支援が必要な場合もあります。

したがって、

「信仰があれば専門家はいらない」

という考え方は、この本の立場ではありません。

信仰と専門的支援は対立する必要がありません。

Chapter 20

「治す」のではなく「理解する」

支援者が最初に考えるべきことは、

「どうやって外に出すか」

だけではありません。

「なぜ今、この人は外に出ることが難しいのか」

を理解することです。

本人の経験を聞く。

恐怖を理解する。

恥を理解する。

過去の失敗を理解する。

家族関係を見る。

学校・職場環境を見る。

身体や心理の状態を見る。

そして本人と一緒に次の一歩を考える。

Part V

小さな再接続

Chapter 21

回復には一つの形しかないのか

回復とは、必ずしも、

「明日から学校へ行く」

「明日から会社へ行く」

ということではありません。

人との会話が増える。

生活リズムが少し整う。

外に出る時間が少し増える。

興味のあることを始める。

オンラインから現実の関係へ橋をかける。

相談員と話す。

家族との関係が少し改善する。

こうしたことも重要です。

Chapter 22

「ゆるやかな出番」

厚生労働省が紹介する支援の考え方には、「安心できる居場所」と「ゆるやかな出番」という重要な考え方があります(厚生労働省, 2026)。

これは非常に大切です。

いきなり大きな責任を負わせるのではありません。

まず安全。

次に小さな参加。

そして少しずつ関係を広げる。

小さな一歩を、小さすぎると笑ってはいけません。

Chapter 23

今日、窓を開ける

回復は壮大な計画から始まらないことがあります。

窓を開ける。

カーテンを開ける。

外の空気を吸う。

太陽を見る。

家の中を歩く。

これだけでもいい。

「それだけ?」

と思うかもしれません。

しかし、人生を変える行動は、いつも大きいとは限りません。

Chapter 24

今日、一人に連絡する

長期間連絡をしていない人に、

「久しぶり」

と送るだけでもいい。

返事がなくてもいい。

長い説明をしなくてもいい。

「元気?」

という一言でもいい。

つながりは、いつも大きな会話から始まるわけではありません。

Chapter 25

外に出ることより、つながること

外出は重要な場合があります。

しかし、「外に出ること」を唯一の成功基準にしてしまうと、本質を失うことがあります。

本当に重要なのは、

人間とのつながりを回復すること

だからです。

部屋の外に出ても、心が完全に孤立していることがあります。

反対に、最初は家の中にいても、誰かと安全につながり始めることがあります。

Part VI

キリスト教の希望――あなたは忘れられていない

Chapter 26

神はあなたを見失わない

人間から見えなくなったとしても、神から見えなくなるわけではありません。

詩篇139篇では、神が人間を深く知っていることが語られています。

「座ることも立つことも知っておられる。」

「遠くからその思いを知っておられる。」

これは監視の話ではありません。

「あなたは神に知られている」という安心の話です。

人間関係が壊れても。

友人がいなくても。

社会との接点が少なくても。

神はあなたを「誰にも見えない人」として扱いません。

Chapter 27

あなたには名前がある

イザヤ書43章1節には、神が人間を名前によって呼ぶという美しいイメージがあります。

聖書の神は、人間を番号では扱いません。

統計ではありません。

ラベルではありません。

名前を持つ一人の人間です。

「ひきこもり」という言葉より先に、あなたには名前があります。

Chapter 28

イエスは人をラベルで見なかった

福音書を読むと、イエス・キリストが社会的に避けられたり、見過ごされたりしていた人々に近づいていったことが分かります。

病気の人。

貧しい人。

罪人と呼ばれた人。

社会から距離を置かれていた人。

宗教的・社会的な境界の外にいると考えられていた人。

イエスは人間を、その人につけられたラベルだけで見ませんでした。

だから、ひきこもり状態を経験している人にも、このメッセージがあります。

あなたはラベルより大きな存在です。

Chapter 29

「疲れた人、重荷を負う人」

マタイ11章28節で、イエスは疲れた人、重荷を負っている人を招いています。

これは、

「もっと頑張れ」

という言葉ではありません。

「あなたが弱いからだ」

という言葉でもありません。

疲れた人に、

「来なさい」

と呼びかける言葉です。

キリスト教の福音は、人間が十分に強くなった後で神のところへ行くという話ではありません。

弱さの中にいる人にも神の招きがある、という話です。

Chapter 30

放蕩息子と帰る場所

ルカ15章の放蕩息子の物語は、「帰る場所」についての物語として読むことができます。

息子は家を離れます。

失敗します。

自分自身を失います。

そして帰ります。

しかし、この物語の中心にあるのは、息子の完璧な回復ではありません。

父親の待つ姿です。

この物語は、

「あなたがすべてを直してから帰ってきなさい」

ではありません。

むしろ、

帰る場所がある

という希望を示しています。

Part VII

救い――社会復帰だけではない

Chapter 31

人間の価値は生産性では決まらない

現代社会では、

「何を生産したか」

「いくら稼いだか」

「どんな肩書きを持っているか」

が人間の価値と混同されることがあります。

しかしキリスト教では、人間の価値は神の創造と愛に根ざします。

だから、

就職したから価値がある。

成功したから価値がある。

社会に役立ったから価値がある。

という考え方だけでは、人間の尊厳を十分に説明できません。

Chapter 32

救いとは何か

キリスト教における救いは、単なる「社会復帰プログラム」ではありません。

救いとは、神との関係の回復を中心とするものです。

人間が神から離れている状態に対して、キリストを通して神との和解が与えられるという福音です。

したがって、

「キリストを信じれば、すぐに学校へ行ける」

という約束を聖書から作り出してはいけません。

信仰は魔法ではありません。

信仰は、人間のすべての問題を一瞬で消す保証でもありません。

しかし信仰は、

「私は一人ではない」

という深い希望を与えることができます。

Chapter 33

十字架と恥

十字架は、キリスト教における恥と苦しみの問題を深く考える場所でもあります。

イエスは社会的に屈辱を受けました。

拒絶されました。

孤独を経験しました。

苦しみました。

だからキリスト教の中心には、

「苦しんでいる人を見下す神」

ではなく、

「人間の苦しみのただ中に入ってくださるキリスト」

という理解があります。

Chapter 34

復活――物語はそこで終わらない

十字架の後に復活があります。

これはキリスト教信仰の中心です。

そして復活という希望は、人生の現在の状態が人生の最後の言葉ではないことを象徴します。

「今こうだから、これからも永遠にこうだ」

とは限りません。

今日のあなたは、人生の最終章ではありません。

Part VIII

家族へのメッセージ

Chapter 35

お父さん、お母さんへ

あなたが疲れていることを否定しないでください。

あなたにも休む権利があります。

あなたにも相談する権利があります。

あなたにも泣く権利があります。

あなたがすべてを一人で背負う必要はありません。

本人を愛することと、専門的な支援を受けることは両立します。

Chapter 36

「あなたのせい」ではない

親は自分を責めることがあります。

しかし、ひきこもりという状態には多様な背景があり、単純な一つの原因で説明できるものではありません(Li & Wong, 2015; Nonaka et al., 2022)。

したがって、家族がすべてを自分の責任として背負う必要はありません。

もちろん、家族関係を振り返ることはできます。

しかし、

責任を探すことと、解決策を探すことは違います。

これから必要なのは、犯人探しではなく、次の一歩です。

Chapter 37

言葉を変える

次のような言葉を避けることを考えてください。

「怠けている。」

「恥ずかしい。」

「みんな働いている。」

「あなたは何もできない。」

「このままだと人生が終わる。」

代わりに、

「話したくなったら聞くよ。」

「あなたの味方でいたい。」

「一緒に考えよう。」

「今できる小さなことからでいい。」

「助けを借りてもいい。」

という言葉を使うことができます。

Chapter 38

家族も自分の人生を生きてよい

本人を心配するあまり、家族全員の人生が止まってしまうことがあります。

しかし、家族が食事を楽しむこと。

仕事をすること。

友人と会うこと。

旅行すること。

趣味を続けること。

笑うこと。

これらは裏切りではありません。

家族が生きることは、本人を捨てることではありません。

Part IX

教会と信仰

Chapter 39

教会は「安全な場所」であるべき

教会に行けばすべて解決する、と考えるべきではありません。

むしろ教会そのものが、安全な場所でなければなりません。

無理に前へ出さない。

無理に証しをさせない。

無理に祈らせない。

無理に人前で話させない。

「信仰が足りない」と責めない。

「祈れば治る」と単純化しない。

これらは重要です。

Chapter 40

イエスを紹介するということ

この本が伝えたいキリスト教のメッセージは、圧力ではありません。

「今すぐ変わりなさい」

ではありません。

「社会に戻らなければ神は喜ばない」

でもありません。

むしろ、

「あなたを知っている方がいる。」

「あなたを愛している方がいる。」

「あなたの人生は今の状態だけではない。」

「あなたは忘れられていない。」

という招きです。

Chapter 41

信仰と専門支援は一緒に歩ける

クリスチャンが心理士に相談してもよい。

医師に相談してもよい。

福祉サービスを利用してもよい。

家族会に参加してもよい。

学校や就労支援を利用してもよい。

祈ってもよい。

教会に相談してもよい。

これらは互いに排他的ではありません。

神を信頼することと、人から助けを受けることは矛盾しません。

Part X

あなたの人生はまだ終わっていない

Chapter 42

30歳でも、40歳でも

「もう遅い」

という言葉は、心を閉じ込めます。

20歳だから遅い。

30歳だから遅い。

40歳だから遅い。

しかし人生の再出発に、万人共通の締切はありません。

もちろん、時間が経つことで新しい課題が生まれることはあります。

しかし、

「遅い」と「終わった」は同じではありません。

Chapter 43

小さな仕事

仕事とは、いきなりフルタイムで働くことだけではありません。

短時間の仕事。

在宅でできる活動。

ボランティア。

学習。

訓練。

創作。

家の仕事。

誰かを助けること。

これらを通じて、自分の能力を再発見することもできます。

Chapter 44

小さな学び

学び直しにも期限はありません。

読書。

オンライン講座。

資格学習。

語学。

プログラミング。

音楽。

料理。

園芸。

芸術。

興味のある分野。

学ぶことは、社会的成功のためだけではありません。

「自分にはまだ成長できる部分がある」

という感覚を取り戻すことにも意味があります。

Chapter 45

小さな責任

責任は、重すぎるものから始める必要はありません。

植物に水をやる。

ペットの世話をする。

食器を洗う。

家族のために食事を作る。

オンラインで誰かを助ける。

小さな仕事をする。

小さな責任は、

「自分にもできる」

という感覚を育てることがあります。

Part XI

今日のための実践ガイド

Chapter 46

今日できる五つのこと

今日、全部を変える必要はありません。

次のうち一つだけ選んでください。

  1. カーテンを開ける。
  2. 水を飲む。
  3. シャワーを浴びる。
  4. 誰か一人に短いメッセージを送る。
  5. 支援情報を一つ調べる。

一つで十分です。

Chapter 47

家族のための五つのこと

家族も一度に全部を変える必要はありません。

  1. 一度だけ批判を控える。
  2. 本人の話を最後まで聞く。
  3. 支援機関を一つ調べる。
  4. 家族自身の相談先を探す。
  5. 本人に「味方でいたい」と伝える。

Chapter 48

30日間のゆるやかな計画

Week 1 — 安全

睡眠、食事、衛生、薬、医療、安心できる場所を確認する。

Week 2 — 関係

家族や信頼できる人との短い会話を一つ増やす。

Week 3 — 外との接点

窓を開ける、玄関に出る、短い散歩をする、オンライン相談をするなど、小さな接点をつくる。

Week 4 — 次の一歩

相談機関、学習、仕事、居場所、教会、趣味などから、自分に合う一つの方向を選ぶ。

この計画は規則ではありません。

できない日があっても失敗ではありません。

Part XII

危機の中にいる人へ

Chapter 49

もし生きることが苦しくなったら

もし、

「死にたい」

「消えてしまいたい」

「もう生きられない」

という考えが強くなっているなら、一人で抱えないでください。

信頼できる家族、友人、医療専門職、心理職、地域の相談機関などにつながってください。

緊急の危険がある場合には、地域の緊急サービスや医療機関を利用してください。

助けを求めることは恥ではありません。

Chapter 50

神に祈ることができない日

祈る力がない日もあります。

長い祈りは必要ありません。

「神様。」

それだけでもいい。

「助けてください。」

それだけでもいい。

「私は疲れました。」

それでもいい。

聖書を開けない日もあるでしょう。

教会に行けない日もあるでしょう。

それでも、神との関係を求める気持ちが小さく残っているなら、その小ささを軽蔑しないでください。

Part XIII

あなたは孤立そのものではない

Chapter 51

あなたは、昨日だけではない

昨日のあなたが何もできなかったとしても、

今日があります。

今日が難しくても、

明日があります。

もちろん、未来を簡単に約束することはできません。

人生には本当に難しい季節があります。

しかし、

「今の状態が、あなたの全人生を完全に定義する」

と決めつける必要はありません。

Chapter 52

あなたは家族の失敗ではない

あなたは、親の失敗を証明する存在ではありません。

家族もまた、あなたの人生を完全に支配できる存在ではありません。

家族は共に歩く人です。

時には間違えます。

時には傷つけます。

しかし、関係は再構築できる場合があります。

Chapter 53

あなたは社会の統計ではない

政府が調査することには意味があります。

研究者が数字を集めることにも意味があります。

政策を作るためには統計が必要です。

しかし、

統計の中の「一人」と、神の前にいる「一人」は違います。

統計は人数を数えます。

しかし、人間には物語があります。

Chapter 54

あなたには物語がある

あなたの過去には、

楽しかった日。

悲しかった日。

失敗。

成功。

友人。

別れ。

家族。

夢。

恐怖。

希望。

があります。

そして物語は、まだ完結していません。

Chapter 55

神は「戻れ」とだけ言わない

キリスト教の希望は、

「昔のあなたに戻りなさい」

という命令だけではありません。

新しい人生が可能であるという希望です。

パウロは、キリストにある人を「新しく造られた者」と表現しています(2コリント5:17)。

これは過去を消去するという意味ではありません。

むしろ、

過去が最後の言葉ではない

という希望です。

Chapter 56

あなたの価値は、今日もある

今日仕事をしていなくても。

今日学校に行っていなくても。

今日誰とも会っていなくても。

あなたの価値はゼロになりません。

あなたが何かを生産しなかった一日が、

あなた自身の価値をゼロにすることはありません。

Chapter 57

一歩は小さくていい

一歩とは、必ずしも駅まで歩くことではありません。

一歩とは、

ドアを少し開けることかもしれません。

一人に返信することかもしれません。

相談先を検索することかもしれません。

家族に「少し話したい」と伝えることかもしれません。

祈ることかもしれません。

泣くことかもしれません。

休むことかもしれません。

小さな一歩も、一歩です。

Chapter 58

あなたは忘れられていない

人間関係が減っても、

神の視線から消えるわけではありません。

社会から見えなくなったと感じても、

神にとってあなたは見えない存在ではありません。

あなたが自分自身を嫌いになったとしても、

神があなたを忘れたわけではありません。

Chapter 59

ドアの向こうに未来がある

今、あなたのドアは閉じているかもしれません。

そのドアを今日、完全に開ける必要はありません。

数センチでいい。

光が少し入ればいい。

空気が少し入ればいい。

誰かの声が少し聞こえればいい。

そして、あなたがまだドアを開けられないなら、

それでもいい。

誰かがドアの向こうで待つことができます。

支援者が待つことができます。

家族が待つことができます。

そしてキリスト教信仰は、

神もあなたを見失っていない

と語ります。

Chapter 60

最後に――あなたは孤立そのものではない

もしこの本から一つだけ覚えてほしいなら、

これを覚えてください。

あなたは、ひきこもりそのものではありません。

あなたは孤立そのものではありません。

あなたは失敗そのものではありません。

あなたは恥そのものではありません。

あなたは無職そのものではありません。

あなたは不登校そのものではありません。

あなたは社会から離れている状態そのものではありません。

あなたは、もっと大きな存在です。

あなたには名前があります。

あなたには尊厳があります。

あなたには過去があります。

あなたには現在があります。

そして、まだ書かれていない未来があります。

人間から忘れられたように感じる日にも、

あなたは忘れられていません。

神にとって、あなたは数字ではありません。

ラベルではありません。

問題ではありません。

あなたは、一人の人間です。

そしてキリスト教の中心にある福音は、

「あなたが十分に良くなったら神があなたを受け入れる」

という物語ではありません。

むしろ、

恵みが先にある

という物語です。

だから今日、

すべてを解決しなくてもいい。

一歩でいい。

誰かに話してもいい。

専門家に相談してもいい。

家族に助けを求めてもいい。

祈ってもいい。

泣いてもいい。

休んでもいい。

そして、いつかドアを少し開けてもいい。

あなたの人生は、

この部屋で終わる必要はありません。

Appendix A

若者のための30日間「小さな一歩」表

日

小さな一歩

1

カーテンを開ける

2

水を十分に飲む

3

シャワーを浴びる

4

部屋を5分整理する

5

好きな音楽を聴く

6

家族に一言話す

7

外の空気を吸う

8

窓を開ける

9

一人にメッセージを送る

10

10分何かを学ぶ

11

好きな本を読む

12

家事を一つする

13

支援情報を調べる

14

一週間を振り返る

15

玄関まで行く

16

外を少し歩く

17

誰かとオンラインで話す

18

家族と食事する

19

興味のある仕事を調べる

20

興味のある学習を調べる

21

支援者に相談することを検討する

22

5分外に出る

23

好きなことをする

24

「ありがとう」と誰かに伝える

25

自分の得意なことを3つ書く

26

自分を責める言葉を一つ手放す

27

将来やってみたいことを一つ書く

28

短い祈りをする

29

次の一歩を一つ決める

30

ここまで来た自分を認める

重要: できない日があっても失敗ではありません。翌日に戻ればいいのです。

Appendix B

家族のための「言葉のガイド」

避けたい言葉

  • 「いつまで続けるの?」
  • 「いい加減にしなさい。」
  • 「みんな働いている。」
  • 「あなたは怠けている。」
  • 「そんなことで人生を無駄にするの?」
  • 「親が恥ずかしい。」
  • 「信仰があれば大丈夫。」
  • 「祈ればすぐ治る。」

代わりに使える言葉

  • 「あなたの話を聞きたい。」
  • 「今は話したくなくても大丈夫。」
  • 「必要なときは一緒に考えるよ。」
  • 「一人で抱えなくていい。」
  • 「専門家に相談してみてもいいよ。」
  • 「小さな一歩でいい。」
  • 「あなたの価値は仕事だけでは決まらない。」
  • 「私はあなたを見捨てない。」

Appendix C

家族が覚えておきたいこと

  1. ひきこもり状態は一様ではありません。
  2. 背景や必要な支援は人によって異なります。
  3. 「怠け」と決めつけないことが重要です。
  4. 本人だけでなく家族にも支援が必要です。
  5. 安全な居場所は重要です。
  6. 小さな参加を大切にします。
  7. 専門的支援を利用して構いません。
  8. 医療的・心理的問題が疑われる場合は専門家に相談します。
  9. 信仰は専門支援の代替ではありません。
  10. 本人の尊厳を守ります。

Appendix D

若者のための短い祈り

Prayer 1 — 疲れたとき

神様。

私は疲れています。

何をすればよいのか分かりません。

自分を好きになれません。

それでも、もしあなたが私を見ているなら、

今日だけ私と一緒にいてください。

アーメン。

Prayer 2 — 恥を感じるとき

神様。

私は人に会うことが怖いです。

自分を恥ずかしく感じます。

どうか、私が人から見た自分だけでなく、

あなたから見た自分を少し知ることができますように。

アーメン。

Prayer 3 — 一歩のために

神様。

私は大きなことはできません。

でも、今日一歩だけ進みたいです。

その一歩を導いてください。

アーメン。

Appendix E

家族のための祈り

神様。

私たちは何をすればよいのか分かりません。

愛する人を助けたいと思っています。

しかし、時には間違った言葉を使います。

焦ってしまいます。

怖くなります。

どうか私たちに忍耐を与えてください。

本人をラベルではなく、一人の人間として見ることができますように。

そして、私たち自身も助けを受ける勇気を与えてください。

アーメン。

Appendix F

Reflection Questions

For the young adult

  1. 私は自分をどんな言葉で定義しているだろうか。
  2. その言葉は本当に私のすべてを表しているだろうか。
  3. 私が恐れていることは何だろうか。
  4. 私が失ったものは何だろうか。
  5. まだ残っているものは何だろうか。
  6. 私が信頼できる人は誰だろうか。
  7. 今日できる最も小さな一歩は何だろうか。
  8. どのような支援があれば安心できるだろうか。
  9. 神について、私は何を考えているだろうか。
  10. 「私は忘れられていない」という言葉をどう感じるだろうか。

For families

  1. 私は本人にどのような言葉を使っているだろうか。
  2. 私の焦りは本人にどう伝わっているだろうか。
  3. 本人の話を最後まで聞いているだろうか。
  4. 本人を変えることと、本人を支えることを混同していないだろうか。
  5. 私自身にも支援が必要ではないだろうか。
  6. 家族の中で安全に話せる場所があるだろうか。
  7. 小さな変化を認めているだろうか。
  8. 専門的支援につながる準備ができているだろうか。
  9. 本人の尊厳を守っているだろうか。
  10. 愛を「圧力」ではなく「安心」として伝えるには何ができるだろうか。

Author's Note

この本は、ひきこもり状態を経験しているすべての人を一つの説明に当てはめることを目的としていません。

研究は、ひきこもりの背景、期間、症状、社会的機能、家族への影響などが多様であることを示しています(Li & Wong, 2015; Nonaka et al., 2022; Nonaka et al., 2025)。

したがって、本書の目的は診断を行うことではなく、

理解すること、尊厳を守ること、関係を回復すること、必要な支援につながること、そして希望を持つこと

を促すことです。

また、キリスト教的な希望を提示することは、医療・心理・福祉・教育・就労支援を否定することを意味しません。

信仰は専門的ケアの代替ではありません。

キリスト教の希望は、人間の尊厳を回復し、孤独の中にいる人に「あなたは忘れられていない」と伝える一つの道として提示されています。

References

Japanese Government and Public Sources

厚生労働省. (2025). ひきこもり支援ハンドブック――寄り添うための羅針盤. Ministry of Health, Labour and Welfare, Japan.

厚生労働省. (2025). ひきこもりVOICE STATION. Ministry of Health, Labour and Welfare, Japan.

厚生労働省. (2026). ひきこもり支援に関する取組. Ministry of Health, Labour and Welfare, Japan.

厚生労働省. (2026). ひきこもり――誰もが生きやすい社会へ――大事なのは、「安心できる居場所」と「ゆるやかな出番」を地域でつくること. Ministry of Health, Labour and Welfare, Japan.

内閣府. (2022). こども・若者の意識と生活に関する調査. Government of Japan.

内閣府. (2025). 孤独・孤立対策およびひきこもり支援に関する基本的政策. Government of Japan.

Academic References

Baumeister, R. F., & Leary, M. R. (1995). The need to belong: Desire for interpersonal attachments as a fundamental human motivation. Psychological Bulletin, 117(3), 497–529.

Cacioppo, J. T., & Cacioppo, S. (2014). Social relationships and health: The toxic effects of perceived social isolation. Social and Personality Psychology Compass, 8(2), 58–72.

Li, T. M. H., & Wong, P. W. C. (2015). Youth social withdrawal behavior (hikikomori): A systematic review of qualitative and quantitative studies. Australian & New Zealand Journal of Psychiatry, 49(7), 595–609.

Nonaka, S., Takeda, T., & Sakai, M. (2022). Who are hikikomori? Demographic and clinical features of hikikomori (prolonged social withdrawal): A systematic review. Australian & New Zealand Journal of Psychiatry, 56(12), 1542–1555.

Nonaka, S., et al. (2025). Functioning, disability, and health of individuals with Hikikomori (prolonged social withdrawal) and their families: A systematic review and meta-analysis of case-control studies. International Journal of Social Psychiatry, 71(4), 622–641.

Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2000). Self-determination theory and the facilitation of intrinsic motivation, social development, and well-being. American Psychologist, 55(1), 68–78.

Teo, A. R. (2010). A new form of social withdrawal in Japan: A review of hikikomori. International Journal of Social Psychiatry, 56(2), 178–185.

Biblical References

The Holy Bible.

Psalm 23.

Psalm 27.

Psalm 34.

Psalm 42.

Psalm 139:1–12.

Isaiah 41:10.

Isaiah 43:1–4.

Matthew 11:28–30.

Luke 15:11–32.

Luke 19:1–10.

John 10:1–18.

John 14:1–6.

Romans 8:31–39.

2 Corinthians 5:17.

Galatians 6:2.

Revelation 21:1–5.

Final Message

あなたは孤立そのものではない。

あなたは、

あなたの部屋ではない。

あなたの沈黙ではない。

あなたの失敗ではない。

あなたの不安ではない。

あなたの無職という状態ではない。

あなたの不登校という状態ではない。

あなたの過去ではない。

あなたにつけられたラベルではない。

あなたは、一人の人間です。

そして、キリスト教信仰はさらにこう語ります。

あなたは神に忘れられていない。

だから、今日すべてを変える必要はありません。

ドアを大きく開けなくてもいい。

ほんの少しでいい。

光が入るほどでいい。

空気が入るほどでいい。

誰かの声が聞こえるほどでいい。

そして、その小さな隙間から始めてください。

あなたの人生は、まだ終わっていません。

あなたは孤立そのものではありません。

あなたは忘れられていません。